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Showing posts from April, 2010

ルーシー・リー展と火山灰

ヨーロッパの空が火山灰で覆われている。経済的な損失が計り知れ
ないと新聞に出ているが展覧会にも大きな影響がでている。

ロンドンのギャラリー、ギャルリ・ベッソンのオーナー、アニータ・
ベッソン氏のフライトがキャンセルされたという。

彼女は国立新美術館でのルーシー・リー展でルーシー・リーの
想い出を語る事になっていた。その前に信楽のハンス・コパー展も
訪れる予定だった。

他にも関係者の飛行機が次々キャンセルになり来日できない
状態になっている。ルーシー・リー展のオープンは28日ということ
なのでそれまでにフライトの再開ができることを願うばかりだ。

滋賀の陶芸の森美術館でのハンス・コパー展と国立新美の
ルーシー・リー展との両方を見るためにヨーロッパからも多くの
美術館関係者、コレクター、陶芸、建築、彫刻関係のアーティスト
や研究者が来日を楽しみにしている。

ハンス・コパー展とルーシー・リー展は他の美術館に巡回するので
また来日予定を変更すれば良いのだが国立新美のオープニングに
合わせて計画していた関係者やイベントレクチャーなどは本当に
困っているだろう。

反対に日本からヨーロッパに帰れない人たちもいる。
ハンス・コパー展に合わせて来日し、陶芸の森でコパーについての
講演
を行ったイギリスの陶芸家アリソン・ブリトン氏も果たして
帰国のフライトが予定通りなのかわからない状態だ。彼女は大学で
教えているので期日に帰れないと影響が大きいことだろう。
もちろん人の仕事や内容に優先順位はないけれど。

航空規制が解かれるのが一番最後になるだろうといわれるのが
イギリスとはルーシー・リー展にとってなんとも災難で
関係者が気の毒だ。けれど講演はまたあらたに予定することが
できるだろう。いのちに係わることが起こったわけでないのは
幸運なことだと考えるしかないのかもしれない。

2002年のルーシー・リー展と今のルーシー・リー展

「ルーシー・リー展 静寂の美へ」カタログ2002年


今月末、国立新美術館でルーシー・リー展が始まる。
アニメーションまで含んだ大々的な宣伝がスタートして
話題を呼んでいる。

 彼女の生き方そのもののようにシンプルで高潔、
 大胆で優雅なフォルムの器たち。
 20世紀を代表する陶芸家ルーシー・リーの
 没後初の本格的回顧展。
 、、、

と紹介されている。ただし、このキャプションは正しくない。

日本では2002年に
「生誕100年記念ルーシー・リー展 静寂の美へ」が実行委員会
による企画で準備され、滋賀県陶芸の森、愛媛のミウラート美術館
東京のニューオータニ美術館を巡回している。

これは1989年の三宅一生氏によるルーシー・リー展以降
まさに没後初の本格的回顧展であった。この時のカタログは
今も増刷を重ねている。オクスフォード大学客員教授で中国陶磁の
釉薬の権威ナイジェル・ウッド氏によるルーシー・リーの釉薬
調合を含む技法も掲載され大きな話題をよんだものだ。

作品はロンドンとアメリカを含む内外のコレクターから借用され、
ハンス・コパーが作ったルーシー・リーの頭像も出品された。
まさに没後初の大規模展であった。芸術新潮、ブルータスなど
数多くのマスコミにも取り上げられた。

この時の展覧会の人気を物語るエピソードがある。
これは最初陶芸の森とミウラート美術館での開催が終わった時点で
アメリカとロンドンの所蔵家に返却されることになっていた。

ところがその直前、ルーシー・リーの作品のもつ魅力が
引き寄せたともいえるが、ミウラート美術館のルーシー・リー展を
訪れた東京のニューオータニ美術館の方がぜひ
ニューオータニ美術館で開催したいと、
一度没になった開催企画をもう一度美術館に持ち帰って
交渉し、急遽開催が決まったのだ。

ニューオータニ美術館では場所柄もあり各界の著名人の姿が
目立った。また美術館の方にとっても驚きであったというが
従来の客層と違う人たち、若者の姿も際だって多かった。
しかも長時間作品の前に立ちつくし、
他の展覧会とは明らかに異なる鑑賞の姿をみせた。

その後も再度ニューオータニ美術館、栃木蔵の街美術館と
静岡アートギャラリーに巡回するあらたなルーシー・リー展
「器に見るモダニズム」も開催され多くのルーシー・リーの
ファンを生み出した。

今の、ブームとも言えるルーシー・リー人気を生み出したのが
2002年の静寂の美へ、と言えるだろう。それを抜きに…