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日本語版『ルーシー・リー』の目次より |
その中で、ナチスドイツのヒトラーがウィーンに侵攻した時、ルーシーが『風と共に去りぬ』を読んでいたという描写がある。いうまでもなくそれはマーガレット・ミッチェルの書いたアメリカの南北戦争時を描いた小説だ。
クーパー氏の著書では、6章のタイトル「明日はまた別の日」は、主人公スカーレット・オハラが最後に、明日に希望を託してつぶやいた言葉から採られている。原書では「Tomorrow is Another Day」。
小説では「明日は明日の風が吹く」と訳されたがこれはないだろう。スカーレット・オハラがこのセリフを吐くとはとても思えない。そのような投げやりな言葉ではなく、
「私にはタラ(故郷の地)がある、どうすれば良いか明日考えよう。結局どうあろうと明日という別の日がある」
という希望をつなぐ言葉なのだと思う。
「新しい明日は、必ず来る」とか「明日という日がある」と訳されるのもある。
スカーレットの意思を問うなら原文そのままに、「明日という日がある」の意味合いが自然だろうと思う。
ルーシー・リーの生き方を見るとき、危機に際して「明日はまた別の日」とつぶやいたスカーレット・オハラにルーシーが自身を重ね合わせたであろう、とする著者の思いもまた自然に思われる。
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