

ルーシー・リーは1939年、ナチスの迫害を逃れてロンドンに渡りました。
夫ハンスはアメリカ目ざしましたがルーシーはロンドンに残り、ハイドパーク
近くのアルビオン・ミューズに小さな工房兼住居を求めました。そして95年
に亡くなるまでその生涯をそこで過ごしました。アルビオン・ミューズの
美しさは誰もが口にするところですが、私が最初にそこを訪れたとき、
雨あがりの石畳はしっとりと輝くような美しさでした。
ミューズ(小路)は住人しか行き来のない奥まったところにあり、
誰がきても誰かが見ているような行き止まりの狭い路地にあります。
ハイド・パークから一本入っただけなのにその喧噪からは遠くひっそり
としてまるでルーシー・リーが戸口に現れるような錯覚に捕らわれました。
ルーシー・リーが亡くなった後アパートは人手に渡り、現在は
「元ロック歌手」が住んでいます。棟続きの2軒も購入してスタジオに
使うようだ、植木は伸ばし放題だ、などと近くの住人は噂しています。
アパートの新しい住人は植木は伸ばし放題で、美しかったドア周りの木は
手入れがされていないし、おまけに木にはクリスマスのようなライトが
飾られて夜にな るとチカチカと明かりが灯る、と近所の評判はあまり
よくありません。
ルーシー・リーが住んでいた頃の面影はドアのあたりにかすかに残るだけ
です。そのドアももうすぐ木に埋もれてしまいそうですが。
けれどアルビオン・ミューズそのものは十年一日のごとく静かな佇まいを
今に留めています。
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