Thursday, July 02, 2009

ハンス・コパー展の作品

9月12日から兵庫陶芸美術館で立ち上がる
「ハンス・コパー展 - 20世紀陶芸の革新」では
ハンス・コパーの作品約120点はもとより、ドローイング、手紙、
ブロンズのポット、ハンス・コパー作ルーシー・リーの胸像、
娘と息子を描いたデッサンなど、ハンス・コパーを
芸術家として全体像を見せる回顧展となっている。

またハンス・コパーの芸術との深い関係を示唆する
ルーシー・リーの作品約30点を展示予定です。

メトロポリタン美術館の20世紀デザイン部門コンサルタント
J. ステュワート・ジョンソン氏はルーシー・リーとハンス・コパー
の二人展をアメリカの美術館で最初に開催した人物だが
こう述べている。

Without her, he never would have happened as a ceramist.
Without him she might not have returned to serious potting.

ルーシー・リーなしではハンス・コパーは陶芸家に
なり得なかったであろうし、彼女もまた
ハンス・コパーなしでは本来の作陶にもどることは
なかったかもしれない。

この言葉はとても控えめに述べられている。実際お互いの
助言や存在がなかったら今に残る作品群はあり得なかった
だろう、と多くの人が考えている。

これはバーナード・リーチがルーシー・リーの作品について
あまりにも人為的で謙虚さがない、と批判し、ルーシー・リーが
自分の作品に対して自信を失っていたからだった。

リーチの批評に打ちのめされていたルーシー・リーが
ハンス・コパーの

「自分の作りたいものを作ればよい、
自分の本来の作品にもどって」

と励まされて、その後の様々な形、色、見る人を魅了する
作品が生まれたことを指す。

ハンス・コパーはどちらかというとルーシー・リーの助手
または生徒と見なされ、そのように捉えた文章も見かけるが
実際は逆の立場だった。リーがコパーの意見を求め
相談し常にコパーの創造性を高く評価していた。

ルーシー・リーにとってハンス・コパーの作品こそが
他の誰も追従をゆるさない唯一の優れた作品だった。

これはハンス・コパーをロイヤル・アカデミー・オブ・アート
の講師として招いたデイヴィド・クイーンズベリー卿が
次のように述べたことにも表れている。

「ルーシー・リーにとってはハンスの作品が最高であって
他に見るべきものはなかった。
生徒であれプロであれ他の人の作品はウーン、といって
けなしたからね。
その点ハンス・コパーはどの生徒の作品も褒めて
その生徒本来の良さを引き出すことのできる
優れた教師だった」

Thursday, June 25, 2009

メトロポリタン美術館でのルーシー・リー、コパー展

ハンス・コパーとルーシー・リーの二人展がニューヨークの
メトロポリタン美術館で開催されたのは1994-5年のことだ。

きっかけは長年ファインアートの
美術館で二人の展覧会を開催したいと願っていたルーシー・リーの
友人でBBCのフィルムにも貢献したシリル・フランケルだった。

二人展またはそれぞれの展覧会は個人のギャラリーでは
数多く開催されてきた。けれどアメリカで国立の美術館が個人の
陶芸家の作品を展示したのはメトロポリタン美術館が
初めてだった。イギリスのテイト美術館でもなしえなかったことだ。

この5年ほど前、シリル・フランケルがメトロポリタン美術館を訪れ
ハンス・コパー、ルーシー・リーの二人展企画を持ち込んだとき
美術館はやんわりと拒絶した。

しかし時は移り、1993年、メトロポリタン美術館の
20世紀デザインと建築部門の新しいコンサルタント、
ステュワート・ジョンソン氏が今度はシリル・フランケルの
オフィスを訪れる。

「美術館は装飾美術の展覧会をしてこなかった。一体いつ
テイト美術館で器の展覧会をしたかね?メトロポリタン美術館は
今や陶芸というクラフトと彫刻というアートの橋渡しをするのです」

これがステュワート・ジョンソン氏の説明だった。

シリル・フランケルは、これで美術史はイギリスにおける
20世紀の巨匠としてヘンリー・ムーア、フランシス・ベーコン
ルシアン・フロイド、そしてルーシー・リーとハンス・コパー
をノミネートするだろうと確信したのだった。

こうしてニューヨークタイムズの美術面

FATE BROUGHT LUCIE RIE AND Hans Coper together
(運命がルーシー・リーとハンス・コパーの出会いを
もたらした)

という書き出しの紹介記事(by Rita Reif)が書かれ、
ニューヨークで初めての二人展が開催された。

この時ハンス・コパーはすでに亡くなって13年が過ぎ、
ルーシー・リーはこの展覧会の会期が終わる頃ロンドンの
自宅でひっそりと息をひきとった。

この展覧会に出品されたルーシー・リーと
ハンス・コパー作品の一部は、今年9月からの
兵庫美術館ハンス・コパー展にも出品されます。


参考:インディペンダント紙1994年10月22日

Wednesday, June 03, 2009

ハンス・コパーのかたち

click to view exhibition preview
Galerie Besson HPより

ハンス・コパーは今生きていたらどんな作品を作っただろう。
よく、そんなことを考える。

ハンス・コパーの作業台にはのちのちに作品となって現れるフォルムが
ごく初期の頃から沢山現れる。最後に身体が不自由になっても片手で
キクラデス形の作品を作り続けた。病気が進行するにともなって作品の
大きさはどんどん小さくなったけれど、フォルムはいっそう研ぎ澄まされ
洗練されより完璧になっていったと思う。

ロンドンにある陶磁器のギャラリー、Galerie Besson(ギャラリーベッソン)
でピーター・コリングウッドとハンス・コパーの二人展が今日から
開催される。ハンス・コパーは陶芸家、ピーター・コリングウッドは
織りの作家だ。

美術館での最初で最後となる二人展が実現したのは1969年、
ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館だ。
この展覧会はV&Aにとっても現存作家の作品展を行うという
画期的なものとなった。当時最初に美術館から声をかけられたのは
コリングウッドだった。

「僕の方がV&Aから最初に誘われたんだよ」と自慢げに言っていた
コリングウッドはコパーを最初から高く評価していたアーティストだ。
2002年のカナダのがーディナー美術館でのコパー展でも
コパーについての資料をまとめてレクチャーしていた。

コリングウッドも亡くなった今そんな二人の作品展が開かれるとは
興味深い。ギャラリーベッソンはルーシー・リーとハンス・コパーの
作品を多く扱っている老舗中の老舗、ベッソン女史はコリングウッドは
もちろん生前のリーやコパーを知る数少ない一人だ。

もちろん売ることが目的の展覧会だが、年に一度はリーやコパーの
作品展をしている。ギャラリーベッソンは価格が高いことでも
有名で初期の頃から晩年にいたるまでのコパーの作品を持っている。

一方コリングウッドは日本にも縁のある作家だ。
1966年には桐生市文化センターに天井からつり下がる
大きなステンレス糸を織った作品がある。その時のコミッション
についてはタイムズ紙に記事も掲載された。

コリングウッドの愛弟子にあたる染織家冨田潤氏は京都で
活躍している作家だ。

Friday, May 29, 2009

ハンス・コパー幻のミューラル発見

白い壁に設置されたディスクの美しさは思わず息をのむほどです。
ディスクの中心は壁の向こうへと続く、風が流れる、空間が繋がる
日本での展示のため、壁から取り外す。壁の両側からアートハンドラーが支えながら作業します。

1959年、ヘンリー・モリスによってディグズウェル美術基金が
創設されトータルな芸術村構想が実現しました。
ハンス・コパーはその招待作家として参加、工房を持ち
タイルや衛生陶器など、建築の仕事を多く手がけました。

そこでミューラル(壁面装飾)をいくつか制作しましたが、
多くは取り壊され今では記録に残るだけの「幻のミューラル」と
されていました。

今回ヨークシャーにあるスウィントンスクールの
壁面に残されているミューラルがいわば「再発見」され
初めて公の場に展示されました。

日本でのハンス・コパー回顧展に出品のため、
学校の壁から取り外され修復作家によってクリーニングされて
新たな壁に再現されたものです。

ロンドンのサーッチギャラリーに展示されましたが、
展示の前からハンス・コパー ミューラル発見の
うわさが大きな話題を呼び、美術館関係者はもちろん
ギャラリー、コレクター、アーティスト等がおしよせました。

その美しさ静謐さ構成の卓越さ、再現された空間の圧倒的な
力強さは見る人を魅了して止みません。9月12日、それが
いよいよ日本にやってきます。

ミューラルのディスク(円盤)は壁の向こうにも同じディスクが
設置されてディスク中心の空間は壁の向こうにつながっています。
学校に設置されていたときは生徒がダーツを飛ばして遊ぶので
間にガラスが入れられました。

今回はハンス・コパーが設置したと同じ状態で空間はそのまま
壁の向こうへと続きます。そこに貴方は何を見るでしょうか。

Thursday, May 14, 2009

ルーシー・リー展に続いてハンス・コパー展



ミッドタウンの21_21デザインサイトで三宅一生氏による
うつわ展が開かれ、ルーシー・リーの作品が展示された。
いろんな方からいろんな感想がヒュース・テンにも
寄せられ、またテレビの日曜美術館や美の巨人に
取り上げられて大きな話題を呼んだ。

ルーシー・リーの人気は留まるところを知らない。

ルーシー・リーを語るとき、どうしてもハンス・コパーを
とりあげなくては片手落ちというものだろう。

ハンス・コパーとルーシー・リーは終生変わらぬ友情で
堅く結ばれていた。お互いが出会わなかったらその後の
ルーシー・リーの作品もハンス・コパーの作品も
あり得なかったといえるほど、大きな影響を与え合った。

ルーシー・リーは新しい形を作るたびにハンス・コパーの
コメントを求め、ハンス・コパーもまたディグズウェルの
アーティスト村に移ってからも古いタクシーを買って
アルビオンミューズのルーシー・リー工房とディグスウェル
を往復した。

ルーシー・リーが「本物のアーティスト」と称したその
終生の無二の友人、ハンス・コパーの展覧会が9月に
開催される。

ヒュース・テンの企画で兵庫陶芸美術館、信楽の陶芸の森、
磯崎新氏の設計による岐阜県現代陶芸美術館、東京の
汐留ミュージアム、他を巡回予定だ。約130点を展示する
世界初の本格的なハンス・コパー回顧展となる。
ルーシー・リーの作品も代表的なものが20点余り展示される。

行方不明とされていた、建築と一体になった
ハンス・コパーの壁の作品が初めて公に展示されることに加え
さらに国外に出ることのなかったドイツの所蔵家からも
作品が出品される。

その造形は飽くことなき形の追求、シンプルで無駄のない
研ぎ澄まされた形と表情で見る者を魅了する。
どうぞみなさん兵庫までハンス・コパーとルーシー・リーに
会いにいらしてください。

Friday, February 13, 2009

ミッドタウンデザインサイトでのルーシー・リー展



ミッドタウンデザインサイトでの「U-Tsu-Wa/うつわ」展で昨夜、
オープニングレセプションが開かれた。1989年の草月会館での
ルーシー・リー展と同じスタイルだ。安藤忠雄氏による水の
デザイン。

水面に浮かぶアクリル台にひとつひとつルーシー・リーの器が
浮かんでいる。色を抑えた作品を集めている。

近づいて見ることはできないので細かな表情を見たい人にとっては
欲求不満が残るけれど、器のシルエット、佇まいがルーシー・リー
その人の静謐さを思わせる展示になっている。

ゴールド釉薬の掻き落としもあるがルーシー・リー後期の
ウィーンを思わせる絢爛の色合いは少ない。同時に展示されている
ジェニファー・リーの器とのハーモニーを意図したのだろうか。

ボタンのコレクションはすごい。これまで知られたデザインの他
ガラスや大振りのコート用と思われるものなど600点ほども
あるのではないだろうか。

エルンスト・ガンペールの木の器を含む三宅一生氏の審美眼を
集めた展示と言えるだろう。1989年の展覧会でのカタログも
復刻版が発売されていた。

デザインサイトのウェブページのサムネイルがルーシー・リーの
ボタンになっていてしゃれている。

Tuesday, July 29, 2008

2008年のアルビオンミューズ


2008年6月現在のアルビオンミューズ。ルーシー・リーが
亡くなる1995年まで住んでいたアルビオンミューズのアパート。
ハイドパークから一本入った静かな住宅街にひっそりと建つ。 

アルビオンミューズは石畳の美しい小路だが、ルーシー・リーの
アパートはかつての面影はない。伸ばすに任せた植木に覆われて
今や熱帯雨林のようになっている。

運が良ければ2階上の壁に掛けられた
「ここにかつてルーシー・リーが住む」
というプレートを見ることが出来る(この写真では逆光でよく写って
いないが)。というのは、「先週まで見えなかったよ。今は
見えるからそのまわりだけ(ツタを)刈ったのだろう」と誰かが
言っていたから。

かつてハンス・コパーやルーシー・リーを訪ねた人たちが鳴らした
ドアベルは今バークレイコレクションになっているし、当時を
知る人が訪ねたら様変わりにびっくりすることだろう。

棟続きの隣の部屋(その名もTree Houseとドアにある)に住む、
元ミュージシャンという男性がこの棟のアパートを全部買ったと
ななめ向かいの住人が言っていた。彼らはルーシー・リーが健在
だったときからの友人夫婦で、この「植木の手入れをしない」
元ミュージシャンにひどく腹をたてていた。しかも夜は樹に
とりつけられたクリスマス飾りのような電気が点滅するのだ。

知らない人が入り込むと、何か用事かと慇懃に尋ねられるような
(プライベートな住宅地なので当然だが)、小さな袋小路で
そうそう行かれる場所ではないだけにプレートが良く撮れて
いないのが残念だ。
「見えるときと見えないとき」があると聞けばさらに残念なことだ。